コウマスター極楽日記

ヨメの毎日奮戦記
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花粉症の巻

花粉の季節です。私も目が赤くなり、頭痛に悩まされます。ヨメにはアレルギーがありませんので、このつらさはわかりません。
 最近、耳鼻咽喉科に行ってお薬をいただくようになってからは、ずいぶんと楽になってきました。今まで頭痛などで調子が悪かったのは、花粉症が原因だったのかもしれません。アレルギーのお薬はこの年になってはじめていただきましたので、効果があったときには大変嬉しかったのです。こういうことは、何のアレルギーもないヨメにはわかりませんでしょうなぁ。 部屋の中でも乾燥すると調子が悪くなりますので、加湿器はかかせません。
人からも濡れタオルを枕元につるして寝ると効果があると聞き、早速ためしてみましたが、どう吊るすかでヨメともめるわけです。私は顔の近くに2枚ほど吊るしたいのですが「けったいや!うっとうしい!歩かれへん!」と言われ、少し遠慮して場所移動した後、ハンガーに吊るすと、心もち楽になるような気がします。
 加湿器も雨のような霧が勢いよく出てくるのですが、どうしてもヨメの顔のほうにいくのです。また却下されるかと思いましたが「肌がしっとりするかも♪」と喜んで寝ていました。
内心「雨があたって風邪ひきよるかも…♪」と思いましたが、本人が了承しているのでそのままにしておきました。でも、雨の日でも加湿器をかけるので、ある日「アンタ、私をカビらす気か?!」と怒ります。よく見れば床もジメッとしていますし、布団も霧があったって気色悪いと言います。少しやりすぎました。さすがに雨の日は湿気もじゅうぶんにあるのだなと実感した次第です。
 しかし、35年前にはほとんど見られなかったのに、花粉症などはいまや日本人の5人に1人が悩む国民病です。アレルギー疾患の増加は、寄生虫や結核に感染しなくなったことと深い関係があるともいわれています。日本人の花粉症患者の第1号が出た1963年は、寄生虫感染が10%を割った年でもあるそうです。寄生虫に感染すると、血液中に抗原と結びつかない特殊な抗体が増えて、アレルギー反応に関係する肥満細胞の表面を覆い、アレルギー反応を抑制する働きがあったのだそうです。考えてみれば何事も、ほどほどがいいということでしょうか。清潔にしすぎて免疫力が低下して新たな症状を生むという、結果になっているのですね。ということは、私は時代の流れに沿っていますが、ヨメは原始人のままとも言えるわけです。やっぱりね。          つづく…
 
[ 2012/04/30 10:51 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

不思議な夢の話です

夢の話
義父の夢の話です。
酒宴の席に呼ばれ、飲んだり食べたりしたそうです。笛や太鼓に、きれいどころも登場し、大変ごちそうになったそうで、名前を呼ばれて気が付いたら病院だったと言います。そう言えば、他にも花畑を歩いて、宴会場でたらふくおまんじゅうや甘いものをごちそうになったと言った話を聞いたこともあります。その方は糖尿病で甘いものが制限されていたので、おまんじゅうだったのだろうと皆が言っていました。義父はにぎやかな酒宴の席が好きなのでお酒なのでしょう。 こんな夢を見だすとなると、こちらも心がそわそわしてきます。
 けれどもヨメは、「最後に見る夢ってどんなんがええかなぁ~?」とのんきなことを言います。「私はやっぱりビールとカルビでお笑いを見るかなぁ~」 ヨメらしい発想です。私にも聞いてきますが、「う~ん・・・」 私はヨメのようにアホらしいことがとっさに思い浮かびません。
「のんびりと魚つり」と言うと、「アンタ、最後にまでそんな殺生したらアカンわ~」と言うのです。(カルビは殺生してへんのかい!?)
 そんなことを言っていたら、義父が先日もまた夢を見たそうで、今度は「先祖供養をした」のだそうです。やはり宴会だったけれども、義父にすると「先祖供養」のための酒宴の席だったとのこと。義母の「おじいさんとおばあさんは、おった?」の問いに、「たくさんの先祖がいたけれど、皆知らない人ばかりでわからなかった」そうです。考えてみれば、自分の知っている祖父母くらいまでが先祖であると思いがちですが、世代数をさかのぼれば、先祖の数は2の累乗で増えていきます。 5世代前の先祖の数は誰でも32人います。 10代前の先祖の数は1000人います。そのどの一人でも子供を作る前に亡くなっていたなら、現在の自分は存在しません。20代前なら百万人の先祖がいます。 20代もさかのぼったら何百年も前ですが、日本人全体の数がそれほど多くなかったでしょうから、日本人は誰でも1人ぐらいは先祖を共有していると言えるのではないでしょうか。
“袖すりあうも多少の縁”はて、漫才とカルビのヨメと、どこでどう縁があったのでしょうか?謎ですな・・・。
[ 2012/03/26 13:35 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

皆様からのお便りを一部ご紹介です

このページは当初、「ヨメの極楽日記」として他愛のない話題を載せておりましたが、生活の中で感じたことを書いているうちに、皆さまにも大変ご好評いただくようになりました。
特に、双方の両親を連れての温泉記は、楽しんで下さる方が多いようです。中には、車イスの親御さんを連れて同じ旅館に行かれた方や、バリアフリーの様子などを聞かせてほしいとおっしゃる方もおられて、皆さまも両親を想い、喜んでもらいたいと考えておられるのだなと思いました。
同じ内容の記事を「コウマスター通信」としてもお送りさせていただいております。その感想のお便りを一部掲載させていだきます。私たちの励みになります。ありがとうございました。


<いつもコウマスター通信ありがとうございます。今回の通信は、すごく心に感じるものがありました。
私は、両親が茨城県にまだ健在ですがそのありがたみを改めて感じることが出来ました。
離れていても親を大切にすることはできると思います。電話をしたり手紙を書いたりもできます。
それと今回気づかせてもらえたのは、私の近くにいる方に親切にすればいいということです。
私のヨメの親は近くにいますのでもっと大切にする。
自分の周りにいる方達の役に立つために一生懸命動こうと思いました。
今日早速、茨城の親父に電話しましたがやっぱり頑固でイラッとしてしまいましたが「そうだよね」と流しました。生きていてくれてありがとうです。
大切なことに気づかせてもらえて感謝しています。
ほんとうにありがとうございます。>


<コウマスター通信、ありがとうございます。楽しく読ませていただきました。
ご両親をお連れになって家族旅行に行かれたのですね。
京極様の親孝行に感心するとともに、私も見習わねばと思いました。
今後ともよろしくお願いします。>


<こんにちは。コウマスター通信1月号拝見いたしました。
昨年も家族旅行いかれたのですね。
文面読みながら、普通の幸せについて感銘を受け、泣けてきました。>
[ 2012/02/15 11:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ヨメの毎日奮戦記

家族家族2 去年の暮れに双方の両親を連れて旅行に行きましたが、それ以来、リュウマチの義父の容態がかんばしくありません。
きょうは大変元気に自力で歩いたかと思うと、次の日は寝たきりになるのです。そのたびにヨメは実家や病院に行かねばならなくなり、パソコン教室やコウマスターの仕事の段取りに四苦八苦している状態です。
しかし、その四苦八苦も考えてみれば自分が元気でおれるから出来るのだと思えるようになったそうです。体が元気なうちは、皆、仕事をしたり子育てに励んだり、身体を動かして誰かの役に立てるようになっているのだと言います。
 知らず知らずのうちに、自分が作ったお料理で子供が育ち、自分が売った車で仕事ができる人があり、世の中は自然と相互に助け合うようになっているのです。自分が年老いて動けなくなったときには素直に人の助けをいただけばいいので、誰かのために動けるうちは一生懸命動かせていただく…「元気でさせていただけることが幸せ」と思ったと言います。
 人間の幸せとは案外そんな身近なとことにあるのかもしれません。自分の手にある以外のものを欲しがり、満たされればまた次の不足が生まれ、人間の欲は際限がありません。でも、暖かい布団で眠り、おいしいものを食べ、暖房のきいた部屋で過ごすことも当たり前のようにできるのです。NHKの「カーネーション」を見ても、戦争で亡くなった方がどのような状態であったか、残された家族がどれほど食べることに苦労をされたか私たちの親の年代の方はよくご存知です。その苦労の上に私たちの今の生活があるのです。
何がないかより、これもある、あれもあると思えば、こんな楽なことはありません。
ありがたいことに、ヨメも元気に動けるうちにあれもこれも動いておこうと気持ちを切り替えたようです。頼りにしてますヨ。仕事もがんばってくださいね!  つづく…


[ 2012/01/13 15:44 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ヨメのテレビ観戦記

どてらいやつ 私もヨメも、日中のほとんどを会社で過ごしますので、テレビを観ることがあまりありません。それでも楽しみに見ているのはNHKの大河ドラマと朝ドラの「カーネーション」です。先日も朝、カーネーションをみているとヨメが「もーやんのようやな…」とつぶやきます。私にはなんのことやらわかりませんでしたが、よくよく聞いてみると、その昔、花登筺さん脚本の、商人もの根性ドラマ「どてらいやつ」のことだそうです。どうもヨメは小・中学生の頃、この花登筺さんシリーズにはまっていたようで、当時のことを面白おかしくしゃべりだします。
 覚えておられる方もいらっしゃるでしょうが、「細腕繁盛記」の新珠美千代さんのマネとか「あかんたれ」のテーマ曲とか、わたしは黙って聞いていますが、ヨメは大変面白いようで、ひとり受けして笑います。
 そういえば、ヨメの甥が小さい頃、よく我が家に泊まりで遊びに来ましたが(大学生になっても、まだ来ます)なんとものんびりした性格でよく泣くのを見て、この「あかんたれ」のテーマ曲を歌っていました。確か「なんで泣くかと聞いたなら、返事もせずにまた泣いた~♪」とかいうもので、甥が家に帰って「くんちゃんがボクのことを“あかんたれ”やと言うた~!」と姉に訴えたそうで、なつかしくもあり、楽しい思い出です。
 この「どてらいやつ」のモデルは立売堀の機械商社、株式会社「山善」の創業者・山本猛夫氏、ホステスとして出世する「ぬかるみの女」のモデルはミナミから実業家に転身した塚本純子さん、「細腕繁盛記」の山水館は熱海の旅館がモデルとなっています。いつの時代も、才覚と努力と運とで自分の道を切り開いていく様は小気味よいものがあります。しかし、商売以外でも、サラリーマンでも主婦でも同じことです。自分の人生をまっとうに生きていくのは大変です。生きていれば様々な困難を乗り越えねばなりません。仏教では、その困難の中でも心の「安寧なる場所」があるといいます。もーやんのマネをして「やったるわ~い!」と叫んでいるウチのヨメを見ていると、この人の心の「安寧なる場所」とはどこにあるのやろと思います。
何があってもやせもせず、つけまつげを取ったりくっつけたりして笑う人生は、まったく結構なことですな。             つづく…
[ 2011/12/05 12:50 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)